ガンジー、23日間の大行進


ガンジー、23日間の大行進

先日、国会議事堂前で原発反対運動の行進を

しているニュースがあってましたね。

 

それを見てあなたはどう感じられましたか?

 

私は、ある1人の行動が国を動かす

ストーリーを思い出しました。

 

1893年、南アフリカ。

 

一人の皮膚の浅黒い青年紳士が列車の一等車両に

乗っていました。

 

すると荷物もろとも列車から放り出されたんですね。

 

青年はこの人種差別に激しい怒りを覚えました。

 

彼の名 はモハンダス・K・ガンジー。

 

ロンドンで学び、インド人商社の顧問弁護士として

南アフリカへ渡って来たのでした。

 

その後、彼はイギリス領南アフリカ連邦の

人種差別政策に反対して、インド系移民の

法的権利を守る公民権運動に参加するように

なっていったのです。

 

当時、インドはイギリスの植民地支配に

苦しんでいました。

 

インド帰国後、ガンジーの非暴力差別反対運動で

インド国民は結束し始め、ガンジーを英雄として

迎えていったのです。

 

そんな中、イギリスは言論、思想、集会の自由を

抑圧した法律を第一次大戦後のインドに適用。

 

ガンジーは全国民の祈りと断食の日として

ストライキを呼びかけました。

 

その為、ガンジーは逮捕されますが、

『マハトマ(偉大なる魂)』と呼ばれるようになり、

全国民の精神的支柱となっていったのです。

 

そんな騒動の中、イギリスの将軍率いる軍隊が、

アムリツァールの公園で集会中の群衆に発砲し

1516人の死傷者 を出すという事件が起こりました。

 

インド国民のイギリスに対する不満は、流血の

暴動となって現われます。

 

これを嘆いたガンジーは断食で無言の説得を

行ない鎮静させたのです。

 

ガンジ-は、イギリスの植民地支配の収入源

だった『塩の専売制度』に反対し、約78人の

支持者と共に製塩の為に海岸までの約380km

行進しました。

 

この行進は、23日間続き、最終的に参加者は

数千人までに膨れ上がったのです。

 

海岸到着の翌朝、ガンジ-は泥と塩の塊を

手に取り頭上に大きく掲げ

「これで、私は大英帝国の土台を

揺るがしたのだ!!」

と叫んだのでした。

 

この塩の行進は、全インド中に同様の

非暴力差別反対運動を起こし、イギリスからの

独立運動における重要な転換点となり、

1947年、インドは独立しました。

 

 

そのガンジーは、こんな名言を残しています。

 

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見たいと思う世界の変化に

あなた自身がなりなさい。

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ところであなたはどんな理想の世界を描き、

その実現の最初の一歩としてどんな

行動をされてますか?

 

私たちは日々の忙しさについつい流されて

しまいますよね。

 

私は、毎週書いているこのメルマガに

「まだ見ぬあなたへ何かの気付きとなるメッセージ」

としてエネルギーを注いでいるんですよ。

 

 

セルフイメージコンサルタント

岡崎哲也

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