義経、千年の伝説


義経、千年の伝説
こんにちは、
メンタルトレーニング
で営業を強化
セルフイメージコンサルタントの岡崎哲也です。
 

いつもお読みくださり、ありがとうございます。

あなたは伝説を信じますか?

 

伝説を辞典で引くと、

「あったかなかったか分からないこと」

らしいです。(笑)

 

長い時間をかけると、それだけ脚色されたり

美化されたりしていくんですね。

 

その中でも特に私たち日本人にとって親しみやすい

ストーリーはこれではないでしょうか。


時は平安時代末期、夜になると京の北の山

では激しい剣術修行の音がこだましていました。


源氏の棟梁 源義朝(みなもとのよしとも )

の九男として生まれた牛若丸は、平治の乱で

平清盛により父 義朝が滅ぼされて孤児となり、

鞍馬寺へと預けられます。


そして自分の出生を知り、平氏打倒を祈願

しつつ、毎晩天狗に剣術を習っていたのでした。

義経を指導していた天狗は僧正坊という

全国の天狗の総元締め的存在。

壇ノ浦の合戦で義経が見せた有名な

「八艘飛び」も天狗修行によるものと

言われています。


一方、比叡山の僧として西塔の武蔵坊に

住んでいたのが弁慶。


「人間は重宝を千持つものだ。奥州の藤原秀衡

(ひでひら)は名馬千頭に鎧千領を持ち、松浦の

大夫はやなぐい(矢を入れる具) 千腰に弓千張を

持っていた。私は太刀千振を人から取り上げて

重宝としよう。」

 

そう言いながら、毎晩太刀を人から奪い取って

いました。


そしてついに千振目の月夜に五条天神宮

(後に五条大橋となった) で2人は出会います。

 

弁慶はいつものように

「大人しく刀を渡すか、それとも・・・」

と問いただします。

ひらりひらりとかわす義経に全く歯が立ず、

弁慶は負けを認め義経の家来になり、

生涯行動を共にする事になります

 


ところで2009年、大分の会社倒産後、私はプ―太郎

でした。

 

2010年、上京後、東京であるセミナーに参加した際、

「何の制約もなかったらあなたの叶えたい

夢は何ですか?」

と言われ、参加者30~40人の前で発表する機会が

あったんですね。

 

その時、私のメンタルはサイテ―でした。(凹)

 

何かをつかもうと必死だったんですね。

 

「え~い、もう破れかぶれや!いてまえー!」

 

「僕は今、プーです。 大分の会社倒産後、

上京してきました。人脈も何もありません。

 

ですが、、、、、いづれ国を動かしたいんです!」

 

ガタガタ足が震えたけど思いきって言ってみました。

 

すると頭の中のゼンマイがピョーンと飛んで

いったんです。

 

他の参加者たちは、ポカーン。

 

聞こえなかったような、あるいは、

「変な人には関わらんとこう」

と目を合わせないようにされたんですね。

 

ですが、あれから2年ほど経って、ようやく

ほんの半歩ほど、前へ進んだように感じています。

 

あ、一応、私も20年間、半導体エンジニアとして

常識はそれなりにあると思ってますけどね。(笑)

 

それにしても今まで衝撃的な出会いが

たくさんありました。

 

人脈も信用もなかった私を見い出されたことで

どれだけ感激の涙を流してきたでしょう。

 

ところで義経と弁慶も2人の出会いがあったから

こそ日本の歴史が変わり、千年近く語り継がれて

きてるんですよね。

 

私は新しい時代を創る担い手になりたいと

思いながら人との出会いを大切にしています。

 

あなたも千年言い伝えられる伝説になる人との

出会いをつくりませんか?

メンタルトレーニングで営業を強化 岡崎哲也