経営の神様、松下幸之助のメンタルブロック


経営の神様には、どのような

困難、逆境、メンタルブロック

があって、どのように乗り

越えていったのでしょうか?

 

創業一代で世界的な企業へと

育て上げた2人の経営の神様

松下幸之助と稲盛和夫に、

 

長年仕えてきた上甲晃氏

(松下電器産業入社後、

元松下政経塾塾長)と

 

大田嘉仁氏(京セラ入社後、

取締役執行役員常務などを

経て、稲盛氏がJAL再建時に

日本航空会長補佐・専務執行

役員)

 

の対談記事(致知2026.

2月号)が、心に響いたので

ご紹介します。

 

※松下幸之助の部分のみ抜粋

 

松下幸之助が松下電器器具

製作所(現・パナソニック)

を創業したのは、1918

(大正7)年、23歳の時。

 

旧家の生まれでしたが、父親

が米相場で失敗して一家が

破産したために9歳から丁稚

奉公に。

 

その頃大阪の街で走り始めた

市電を見て、これからは電気

の時代だと確信。

 

そこから大阪電灯(現・関西

電力)を経て独立し、翌年に

会社を立ち上げました。

 

借家に作業場を設けて、妻と

義弟とたった3人からの

スタート。

 

小さな会社からスタートした

松下電器が、世界的な優良

企業に至るまでには2つの

大きな節目がありました。

 

1つ目、昭和の初め頃のスランプ

 

懸命に働いてある程度の成功

を収めたのですが、どこか

精神的に満たされない。

 

ある種のスランプに陥った時

に、お得意先から「信仰心が

ないからや」と言われて

天理教の本部に案内される。

 

そこで信者さんたちの姿を

見てビックリするわけです。

 

給料ももらっていない信者

さんたちが、なぜこんなに

イキイキと働いているのかと。

 

そこから松下幸之助は、何日

も考え続けてあることに思い

至るんですね。

 

「稲妻のごとく頭に走るもの

があった」と。

 

松下幸之助は、天理教の信者

さんたちは自分たちがやって

いることに崇高な使命を

感じているが、

 

うちの社員たちには会社の

使命を訴えてこなかったと

反省する。

 

そして、我々の仕事には人々

を貧乏から救う偉大な使命が

あると思い至ったんです。

 

1932年、松下幸之助は

これを使命と知った年、命知

(めいち)元年と定めました。

 

同年5月5日を新しい創業

記念日に設定して記念式典

を開き、「250年計画」を

発表。

 

これから250年かけて物心

一如(ぶっしんいちにょ)の

繁栄を実現する楽土を築き

上げると宣言したところ、

 

会場は異様な興奮に包まれた

といいます。

 

それから松下電器は、もう

働くなと言われるくらい皆が

夢中で働き始めたというん

です。

 

人も企業も、真の使命に

目覚めた時に大きく成長する

のですね。

 

2つ目の節は、公職追放の

指定を受けた時。

 

終戦後、松下電器は戦時中に

軍需産業を担っていたという

ことで、松下幸之助と常務

以上の役員が

 

GHQ(連合軍最高司令官

総司令部)から公職追放の

指令を受け、その上財閥とも

見なされて会社解体の危機に

直面しました。

 

この時は松下電器の労働組合

が追放除外を求める嘆願運動

を起こし、松下幸之助もGHQ

の元へ50回も赴いて

 

粘り強く交渉を重ねた結果、

4年後に無事指定解除に至り

ました。

 

「絶体絶命やった」と自身も

振り返るほどの試練でした。

 

松下幸之助は、その逆境の中

で、なぜ人間はこんな悲惨な

目に遭わなければならない

のかと自問を重ねました。

 

そして、これは人間の本質に

対する理解が足りないからだ

と考えて、PHP運動を始め

ました。

 

1946年のことです。

 

PHPは、Peace and Happiness

through Prosperityの略で、

 

繁栄によって平和と幸福の

実現を目指そうという運動

です。

 

松下幸之助は、この運動を

広めるためにPHP研究所を

設立して勉強会や講演会を

開催し、

 

機関紙『PHP』を創刊し、大阪

の駅前でビラ配りまでやった

というんですよ。

 

松下幸之助の人間観は、この

時に目覚めたのではないかと

思います。

 

 

松下幸之助の節をあえてもう

1つ挙げるとしたら『熱海

会議』だと思っています。

 

1964年、僕(上甲氏)が

入社する1年前の出来事です。

 

戦後の松下電器は、公職追放

の危機を脱して大きく躍進

したけれども、家電の需要が

一巡して成長が鈍化し始め

ました。

 

代理店さんの9割は赤字に

なり、創業来最大の経営危機に。

 

松下幸之助はこの状況を打開

するために、熱海のニュー

フジヤマホテルに全国の

代理店さんを集め、

 

膝をつき合わせてとことん

話し合うことにしました。

 

会が始まると、松下電器に

対する代理店さんの不満や

批判が爆発しました。

 

松下幸之助が、「代理店の9割

が赤字だが1割は黒字だ。

やり方が悪いのではないか」

 

と反論すると、さらに激しい

反論が返ってくる。

 

代理店さんが「こんなに苦労

しているのに儲からないのは、

あなたの責任ではないか」

と非難すると、

 

松下幸之助は、「苦労したと

言われるけど、血の小便が

出るまで苦労されたか」

と問いかける。

 

2日経っても結論が出ず、会談

をもう1日延ばすことになり

ました。

 

そして迎えた3日目に、松下

幸之助は、檀上で代理店さん

との歩みを振り返り、

 

「松下電器は、皆さんへの

感謝報恩の念を忘れて今日の

経営悪化を招きました。

 

いろいろ申し上げましたが、

私どもがすべて悪うござい

ました。

 

きょうから松下電器は生まれ

変わります」

 

と涙を流しながら深々と頭を

下げたのです。

 

その真摯な姿に心を打たれた

代理店さんは、

 

「私たちも悪かった」

と一斉に松下幸之助の元に

駆け寄るんですね。

 

そして、共に一丸となって見事

に危機を脱したのです。

 

『どんなに不本意な状況に直面

しても、すべての原因は自分に

ある』

 

というのが松下幸之助の考え方

ですが、

 

それが確立されたのはこの

『熱海会議』の時ではないかと

思います。

 

 

その後、松下幸之助は、日本

の政治に危機感を抱き、

「我が国を導く真のリーダー

を育成する」と

 

84歳の時に私財を投じて

政経塾を立ち上げました。

 

そこへ僕が突然出向を命じ

られたわけです。

 

「私のような政治の素人に

この仕事は無理です」

と固辞したら、

 

松下幸之助は「素人か、

そらええな、素人だからこそ

新しいことができるんや」

と言うんです。

 

「ただし、熱心という一点

だけは負けたらあかん。ここ

さえ負けなければ、道は必ず

開ける」と。

 

思わず立ち上がって

「頑張ります」

と答えましたけど、それが

僕の出発点です。

 

去年は松下政経塾 卒業生の

高市早苗さんが、憲政史上初

の女性総理に就任しましたね。

 

その支持率からも国民の期待

の高さが窺えますが、僕は

高市さんが自民党の総裁選に

立候補した時に、

 

激励のために毎朝松下幸之助

の言葉をメールしていた

んですよ。

 

松下幸之助が政経塾で塾生に

説いたことの中から選び抜いた

言葉を、投票日までの10日間

送り続けたんです。

 

参考になると思いますので、

それを初日に送ったものから

順番にご紹介しましょう。

 

===========

 

◆1.大事にのぞんでは千万人

といえども我、行かん。神の

ごとき信念をもってやる。

そうでないと、ふやけた政治

になる

 

◆2.天下泰平であれば何も

できない。天下が乱れている

から、かくあるべしという

ことが成り立つ

 

◆3.一国の宰相が国民の

要望、提案を聞くだけでは

一国を混迷に導く。宰相の

提案、国民の提案が一丸と

なって国は盛んになる

 

◆4.日本人に生まれたこと

がどれだけ幸せか。そういう

考えがないと勇気も知恵も

生まれない

 

◆5.松下政経塾は、いまだ

生まれていない社会を理想的

につくっていくのである。

日本をよくする以上に、世界

を新創造する気概を持って

ほしい

 

◆6.ただ強い、賢いだけ

ではいけない。それ以上に

大事なのは心の優しさ。

優しさはすべてを溶かす力

を持つ

 

◆7.成功するかしないか

分からないといえば、確かに

分からない。しかし成功する

という信念に立たなくては

いかん。その信念さえあれば

知らず知らず自分が変わる

 

◆8.絶対成功することを

確信してやる。行動の善なる

ことを信じて全力を尽くす

 

◆9.これは天命である。

小さな自分の知恵才覚で是非

を考えているうちは事は知れて

いる。是非を乗り越えるのだ

 

◆10.これは天の命じる

ところであり、その命じるまま

に動いた。だから大丈夫、

きっと成功するし、しなければ

ならない。

 

===========

 

総裁に決まった夜中の2時半

ぐらいに返事が来ました。

 

ありがとうございました。

大変励みになりましたと。

 

 

ところで私たちは、人生が

大きく変わるタイミングが

あります。

 

◆大きな病気・事故・ケガ

 

◆仕事の失敗、困難、逆境、

スランプ

 

◆裏切り、騙される

 

◆大切な人との別れ

 

などなど、それらつらく

苦しんだ時に、どのように

解釈を捉え直し、意味づけ

したかで、

 

信念・価値感が書き換わり、

乗り越えていけるんですね。

 

このことを、メンタルブロック

が外れたとか、解放したとか

言います。

 

その時、上手くいい方向に

解釈を捉え直して意味づけ

できて、信念・価値観が

 

書き換わったらいいのですが、

上手く書き換わらず、解放

できなかった場合、

 

外部の出来事や感情に振り

回されて、つらく苦しい状態

が続いたり、惰性に流されたり、

 

あきらめて、力尽きてしまう

こともあるんですね。

 

なぜなら、潜在意識、無意識

は、自分では自覚できない

ことが多く、自覚できたと

しても浅い原因しか自覚でき

ないからです。

 

自分でやる心理ワークや瞑想、

ジャーナリングなど、いろいろ

な方法がありますが同じことが

言えるんですね。

 

それにしても、松下幸之助が、

未来のリーダーに託した政経塾

の教え厳選10は、とても想い

が込められていると感じま

した。

 

時代を超えて、経営の神様と

呼ばれる松下幸之助の貴重な

体験、知恵、想いを、学べて

こんなにありがたいことは

ありません。

 

ところであなたは、今まで

どんな困難や逆境があって、

どのように乗り越えてこられ

ましたか?

 

その時、どのように解釈を

捉え直して意味づけし、

制限となる思い込み、信念、

価値観、メンタルブロックを

外して書き換えましたか?

 

PS.以前の記事、

『稲盛和夫さんの

メンタルブロックとは?』

は、下記をご覧ください。

https://mentalt.jp/mentalblock-74

 

■メンタルトレーニングで営業力強化

メール講座(全10回・無料)

メルマガボタン