メンタルブロック解除 改心


あなたは、心が洗われる感覚になる

のは、どんな時ですか?

 

美しい自然を見たり、感動する

ストーリーに触れた時には、

心が洗われますよね。

 

ところで、雑誌 『致知』で

心に響いたストーリーがあったので

ご紹介します。

 

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昔、大磯に川崎屋孫右衛門という

米穀商人がいた。

 

豪商だがケチで慈悲の心が薄かった。

 

天保7年(1836)は大凶作で大飢饉

となり、米が高騰、人々は飢餓に

苦しみ、餓死する者も出てきた。

 

「この困難を救うために米を安く

売ってください」と町内の者が申し

出たが、

 

孫右衛門は米相場を調べるために

江戸に出ていて不在、番頭では

決断できなかった。

 

町の者はこれに憤激、ついに暴動を

起こして川崎屋の米倉から米、麦、

大豆などを略奪した。

 

この知らせに孫右衛門は急いで帰郷、

その乱暴ぶりを代官に訴えた。

 

だが、代官の返事は、

「お前が慈悲の心を出さなかった

からこうなったのだ。その罪はみな

お前のこれまでの所業にある」

 

そして逆に、孫右衛門が牢に閉じ

込められた。

 

孫右衛門が獄中にいる間に、大磯で

大火があり、川崎屋の家はほとんど

焼失してしまう。

 

相次ぐ不幸に孫右衛門の妻は嘆き

悲しみ、幼子2人を残して亡く

なった。

 

孫右衛門は獄中でこれを聞き、狂人

のように怒り狂った。

 

「この恨みを晴らさずにおくものか!」

 

 

孫右衛門の妹の夫である加藤宗兵衛は

二宮尊徳の教えを受けていた。

 

宗兵衛は尊徳に相談する。

 

尊徳は言った。

 

「孫右衛門に多くの災難が一時に

降りかかってくるのは、一朝一夕

のことではない。

 

思うに天明の大飢饉の時(1784)に

孫右衛門は暴利をむさぼり、家を

富ませたのではないか。

 

彼はその因果のことわりを知らず、

自分の罪をみず、他人を恨んでいる

が必ず一家廃亡の種を蒔き、それが

実ったのだ。

 

なのに孫右衛門は自らを責める道を

知らず、もっぱら自分を善とし、

打ち壊した町内の者を恨んでいる。

 

代官がその罪を悟らせようとして

戒めているのに、その仁心を

察しない。

 

天地の間の万物はみな同じで、蒔く

種によって実は決まっている。

 

どうして孫右衛門1人が善を蒔いて

悪の実りがあろう。

 

必ず一家廃亡の種を蒔き、いまその

実りを得ているのだ。

 

実に哀れむべき限りだが、どうにも

致し方ない」

 

宗兵衛は尊徳の明察に感じ入った。

 

だが何としても孫右衛門を救いたい

と思い、何か道があったら何でも

するから教えてほしいと懇願した。

 

尊徳は宗兵衛の妻、つまり孫右衛門

の妹が兄を哀れみ悲しんでいるかと

尋ね、宗兵衛がうなずくと、こう

言った。

 

「それでは妻君に言いなさい。

 

“骨肉の兄がこのような艱難

(かんなん)に遭っている。

 

救えるかどうか分からないが、

いま兄と艱難を共にし、お前も

粗末なものを食べ、粗末なものを

着、実家からもらってきた衣類、

道具も皆売り、それを実家再興の

一助にするのだ。

 

お前が兄と艱難を共にしようと

する真心が立つなら、兄の禍

(わざわい)を逃れる道も

生まれるだろう。

 

人の真心が渙発(かんぱつ)して

やまない時は、至誠天を感ぜしめる

ものだ”と」

 

宗兵衛は帰宅して妻にそれを伝え、

妻は実行した。

 

獄中の孫右衛門はこの話を聞き、

己の非に気づいて涙した。

 

その姿を見て代官は孫右衛門の出獄

を許した。

 

孫右衛門は入獄以来、満一年九か月

で家に帰ることができた。

 

しかし、家に帰って打ち壊された

家屋を見、一切を失って泣いている

子供を見ると、また恨み心がぶり返す。

 

その後、二転三転があったが、

孫右衛門は最終的に尊徳の教えを

受け入れる。

 

いまどれくらい金が残っているかと

尊徳に問われ、全部集めて五百両

くらいと孫右衛門は答えた。

 

「家が壊された時にあったものは、

ことごとく禍のものだから、それは

全部大磯の人びとに差し出すがよい」

 

孫右衛門はその通りにした。

 

人びとは、恨みを忘れ徳をもって

報いんとする孫右衛門を褒め称え、

信頼を寄せた。

 

孫右衛門もこれを喜び、倹約を守り

分に応じた商売に専心した。

 

その結果は多くの財を生じ、彼の

美名は遠近に響いた。

 

 

『致知』2023年2月号

 

二宮尊徳の言行を記した『報徳記』

に出てくる川崎屋孫右衛門の話

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このお話を読まれて、どんな

気付きがありましたか?

 

私は小さい頃から、悪役が改心する

ストーリーに心惹かれるんですね。

 

なぜなら、そこには重要な何かが

あると感じ取っていたからです。

 

そもそも孫右衛門は、自分が悪い

なんて、微塵も思ってなかった

ですよね、きっと。

 

真面目に仕事をしていただけなのに、

なぜ大事な商品のお米、麦、大豆を

倉から略奪され、代官に訴えたら

「罪はお前にある」と投獄され、

 

その上、火事で家を焼失、妻も失い、

子供は泣いているのに投獄中の自分

は何もすることができない。

 

まさに極限状態となり、

 

『神も仏もあるものか!』

 

と嘆き恨んだと思います。

 

ですが、妹の夫の宗兵衛が尊徳の

教えを受けていたことが切っ掛けで、

いちるの望みが見え始めます。

 

そして、ひどい代官だと思っていたら、

『自分に慈悲が薄いこと』を気付かせる

ために投獄した?

 

そんなこと信じられるか!と思って

いたのに、妹の献身的な姿勢に、

改心しようと思い始めます。

 

ですが、頭では、そうしたいと思って

いるのに、なかなか本能では、納得

できない、許せない、恨みが噴出

してくる。

 

そんな中、ちょっとずつ、ちょっと

ずつ、孫右衛門の中の何かが変わって

いったのだと思います。

 

この時、いったい孫右衛門の中の

何が変わっていったのでしょうか?

 

もっと細かく言えば、孫右衛門の中

の何が、どのように変わったの

でしょうか?

 

これが、まさに制限となる思い込み、

メンタルブロックが外れる、

潜在意識・無意識が書き換わる

と言われることなんですね。

 

そして、この話は、全く同じでは

なくても、大なり小なり、私たちにも

当てはまるものがあるかもしれません。

 

それは、私たちの中にも、様々な

要素や一面があるからではない

でしょうか。

 

それだけたくさんの体験をしている

から、そんな要素や視点を持てる

んですよね。

 

このストーリーでは、孫右衛門も、

孫右衛門の妹の夫の宗兵衛も、

徳と知恵を兼ね備えた二宮尊徳も、

孫右衛門の妹で宗兵衛の妻も、

 

気付かせようと投獄した代官も、

泣いている孫右衛門の子供も、

すべての登場人物の要素が、私たち

の中にいるように感じています。

 

そして、周りの人たちに支えられ、

孫右衛門が改心していく様子に、

私の中の孫右衛門も、心が洗われた

のでした。

 

ところであなたの中の孫右衛門は、

このストーリーを読んで、どんな

反応がありましたか?

 

セルフイメージコンサルタント

岡崎哲也

 

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